​ごあいさつ

 日本の伝統芸能「講談」は室町時代の太平記読みに始まって、およそ六百年の歴史があります。元々は「講釈」と言い、経典講釈という仏教、僧侶との関わりを持ちますが、後に武士の世界で教育的な講釈となり、元禄年間には大衆化し娯楽的講釈になっていきます。明治を迎え「講談」という新たな呼び名が生まれ、現在に至ります。

 

 さて「上方講談協会」は、昭和二十四年、二代目旭堂南陵を初代会長とする「関西演芸協会」発足と同じくして創設されました。しかし弟子に恵まれず、二代目南陵亡き後は三代目南陵が孤塁を守り、孤軍奮闘しておりました。昭和四十二年発刊『講談師ただいま24人』(一龍斎貞鳳著)では東京が23名、上方は三代目南陵ただ一人と書き記されています。私が入門前に師匠が仰った言葉に「私が死ねば、上方講談は滅ぶ」と。そんなドン底時代から私が入門してから徐々に弟子が増え、昭和五十九年には大阪は森ノ宮ピロティホールにて、上方講談協会結成三十五周年記念「旭堂南陵一門・親子講談会」を五日間に渡って開催するに至る経緯があります。

  

当上方講談協会は、日本の伝統芸能である「講談」を多くの人に聴いて頂き広めていく事と、伝承芸として次代を担う弟子・後継者を育成し繋いでいく事にあります。三代目南陵の意志を継ぎ、常に危機感を持って責任ある活動をして参りますので、何卒ご理解を頂き、ご支援ご贔屓をたまわりますよう宜しくお願い申し上げる次第でございます。拝

 

上方講談協会会長・旭堂南左衛門

二代目旭堂南陵
三代目旭堂南陵